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大村の歴史
第21海軍航空廠があった街

東洋一といわれた飛行機制作工場
「第21海軍航空廠(こうくうしょう)」が太平洋戦争時代、
ここ大村に存在していた。
 大正12年、実戦に役立つ錬成を目的にとした1km四方の滑走路を持つ海軍航空隊が大村に誕生し、昭和16年には、東洋一といわれた飛行機製作工場「第21海軍航空廠(こうくうしょう)」が発足しました。

※昭和28年頃に撮られた海軍航空廠本部付近の写真です。
 この工場では、主に零式水上観測機、流星、紫電改といった飛行機、発動機の製作・修理を手がけていました。
キリシタン
第21海軍航空廠
戦闘機「紫電改」
第21海軍航空廠空壕跡
掩体壕
エ員養成所正門
楠のある通り
慰霊塔公園

本部防空壕

掩体壕(飛行機防空壕)

工員養成所正門

・ 史料館
 (陸上自衛隊大村駐屯地内)
(車で2時間)
戦闘機「紫電改」
楠のある通り  太平洋戦争時代に海軍航空隊で使われた紫電改が制作・修理されていました。
第21海軍航空廠空壕跡
第21海軍航空廠 本部防空壕・跡
※大村郵便局近くに現在も残されています。
【地図を見る】⇒ 第21海軍航空廠空壕跡 
掩体壕 えんたいごう
楠のある通り 飛行機の防空壕。下原口公園内に現在も残されています。
【地図を見る】⇒ 掩体壕 
エ員養成所正門
楠のある通り 今は大村市立西大村中学校の裏門になっている行員養成所正門。
【地図を見る】⇒ エ員養成所正門 
楠のある通り
楠のある通り  海へ向かう道路の街路樹、楠は開廠時に植えられたものが今も残っています。
【地図を見る】⇒ 楠のある通り 
慰霊塔公園
 昭和19年10月25日の大空襲の犠牲者を奉っています。
慰霊塔公園
  防空壕を利用して建てられた慰霊塔では、毎年10月25日、第21海軍航空廠殉職者慰霊塔奉賛会の主催により、全国各地から遺族や同僚が参列し、慰霊祭が行われています。
【地図を見る】⇒ 慰霊塔公園 

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