1543年、ポルトガル人を乗せた中国船が、台風のために種子島( たねがしま)(鹿児島県)に流れ着きました。
このヨーロッパ人との小さな出会いは、やがて日本の歴史を大きく動かしていくことになります。
ヨーロッパから日本にもたらされたものに、鉄砲(てっぽう)とキリス ト教があります。
そのころの日本は戦国時代(せんごくじだい)のまっただなかで、日本中で多くの戦国大名(せんごくだいみょう)たちが戦いをくり返していました。
鉄砲はいくさのやりかたに大きな変化を与えました。
また、キリスト教は、宣教師(せんきょうし)たちが多く来日して布教活動(ふきょうかつどう)を行い、日本人の信者(しんじゃ)を増 やすとともに貿易(ぼうえき)の手助け もしました。
ヨーロッパとの貿易は、大名たちに大きな利益をもたらしました。 そして大名たちの中から、キリスト教の信者になるものが現れました。
その最初の人物が、現在の大村市を中心とする地域を治めた戦国大名・大村純忠 (おおむらすみただ)です。
● ティセラ「日本図」(大村市教育委員会蔵)
1595年に発行された地図帳に載った日本です。
ヨーロッパで初めて日本が単独で紹介されました。
それまでアジアの一部として描かれていた地図と比べてかなり正確になっており、少年使節が持っていた地図などの情報が強く影響したといわれています。
●火縄銃(大村市教育委員会蔵)
鉄砲の登場は、戦国時代の戦いに革命をもたらし、織田信長などが鉄砲を効果的に使って戦いに勝利をおさめました。
全国の戦国大名たちが鉄砲を競い合って入手しようとしました。
● 大村館小路割之図
(おおむらやかたこうじわりのず)(個人蔵)
三城城(さんじょうじょう)は大村氏代々の城で、純忠とその子喜前(よしあき)の2代にわたって居城としました。
発掘調査によって、中国製のうつわ類や茶道具など、城内での生活をうかわがわせる品々が出土しました。
また火縄銃の弾丸(だんがん)も出土していて、いくさへの備えがわかります。
城のふもとには城下町が広がり、大村氏の一族や家臣が住み、また寺社や店が立ち並んでいました。
● ティセラ「日本図」(大村市教育委員会蔵)
鉄砲の登場は、戦国時代の戦いに革命をもたらし、織田信長などが鉄砲を効果的に使って戦いに勝利をおさめました。
全国の戦国大名たちが鉄砲を競い合って入手しようとしました。